労働への取り組み

~日本型の賃金制度について~

1,働き方改革の「同一労働同一賃金」から考える

働き方改革として「同一労働同一賃金」の実現が政府の政策目標とされ、ガイドラインが出されました。多くの企業が、このガイドラインにそった対応を検討していると思います。

しかし、ここで注意しなければならないのは、働き方改革の中で求められた「同一労働同一賃金」は、非正規雇用労働者の待遇格差を是正するということに限った政策目標なのかということです。

終身雇用、年功賃金を土台とした日本の雇用慣行を前提に、非正規雇用労働者の賃金が安すぎるというような、特別に不合理なところだけを是正していくという限定的なもののようにも見えますが、非正規雇用労働者の待遇改善とはいわず、「同一労働同一賃金」と表現したことから、日本の雇用慣行を全体的に「同一労働同一賃金」にするというように根本から変えようとする大きな目標の第一歩のように期待もされます。

ここで、仮に日本の雇用慣行を全体的に「同一労働同一賃金」にする第一歩だとすれば、終身雇用、年功賃金を土台とした日本の雇用慣行で典型的な賃金制度として社会に受け入れられてきた「職能給」は、「同一労働同一賃金」の波の中でやがて見直されていく運命にあるといえるかもしれません。
 それは、「職能給」では、定年まで勤めあげる期間を通じての、何となくの平等感はあるのかもしれませんが、ある時点でみれば、年功的要素が能力として賃金に反映されるため、「同一労働同一賃金」とはならないことが多いからです。 「若手とベテランで同じ仕事をしているのに、給料はまったく違う」という事態になるわけです。

このような事態に不満がなければよいのですが、終身雇用が事実上約束されなくなってきている今日において、従来の「職能給」で、今後も平等・公平だと思えるのかどうか、この先の見通しが大事になってくると思います。

2,近時の判例から考える

平成30年6月に「長澤運輸事件」「ハマキュウレックス事件」、令和2年10月には、「メトロコマース事件」「大阪医科大学事件」「日本郵便3事件」というように、「日本版同一労働同一賃金」に関する最高裁判所の判決が続けて出されました。

これに対応して、多くの企業は、判例と比較して自社に違法リスクとなるところはないか、違法にならない諸手当等の定め方にしようと検討されていると思います。多くの法律家によって、「日本版同一労働同一賃金」への対応をアドバイスする書籍もたくさん出されています。

しかし、これは、非正規雇用労働者が正規雇用労働者との待遇差の是正を求めた個別の裁判だということに注意をする必要があります。

裁判所は、訴えの範囲で判断を示すのであり、訴えられていない事項については判断をしません。こうすれば安心だという基準を示すことも本来的な役割ではありません。一つひとつの判例や裁判例が出るたびに、継ぎはぎの対応で乗り切ろうとしても限界があります。

ここで、なぜ裁判が起こるのかということを考える必要を感じます。労働者に不満があるからです。同じ仕事をしているつもりなのに待遇差があり、不平等・不公平だと感じるから不満となり、裁判となるのです。

労働者側の不満に対しては、一見同じ仕事に見えても仕事の分担や責任が違うのだとか、管理職育成のための転勤がある人は賃金が高いのだ、などと企業側は様々な理由を述べて反論をします。
 しかし、このような労働者の不満は、企業の発展にとって良いはずはありませんし、個々に理由をつけて説明をすること自体も大変な労力です。そこで、いっそのこと、不満の根本である待遇差をなくせばよいと考える企業も出始めるのです。

このように考えると、「同一労働同一賃金」の裁判で争われている問題は、実は非正規雇用労働者と正規雇用労働者との待遇差に限った問題ではないと思えてきます。正規労働者間の待遇差も、今後仮に労働者の不満が大きくなると、同じように裁判になる可能性もありますし、待遇差を設ける説得的な理由が必要になってくるわけです。

3,格差解消のための原資をどう確保するか

さて、ガイドラインや判例・裁判例にそって待遇差を解消しようとする場合、その原資をどうするのかが多くの企業で問題になると思います。正規雇用労働者の賃金をそのままにして非正規雇用労働者の待遇を改善させるというのであれば、単純に人件費総額がその分だけ増えるということになります。人件費総額を増やさずに待遇差を解消しようとすれば、正規雇用労働者の待遇の一部を非正規雇用労働者に移し、格差を改善していくしかありません。企業にとっても、正規雇用労働者にとっても大問題です。

原資の話となれば、経営環境の変化が激しい今日において、そもそも正規雇用労働者の賃金原資を各企業が終身雇用、年功賃金のまま確保し続けられるのかということ自体も問題です。

逆に労働者からすれば、終身雇用、年功賃金を土台とした日本の雇用慣行では、自分の労働力を提供するのは、個々の企業内マーケットが基本となりますが、今後も個々の企業内マーケットに頼って大丈夫なのかという問題となります。

企業が、激しい環境変化のなかで機動力を発揮して生き残るためには、即戦力となる人材を確保することが極めて重要となります。社内教育を通じた人材育成だけでは対応できないかもしれません。他方で、労働者は、個々の企業内マーケットだけにとらわれるのではなく、自分の持つ技能や専門性を外部労働市場も視野に、どこに提供するのかを考え、各労働者の持つ技能や専門性が最も必要とされるところで活かされ、生産性が向上すれば、社会全体としての労働者の賃金原資を増やすことにつながるかもしれないという議論は、昔からなされていたと思います。

『職務給の法的論点』(日本法令)あとがき より


労働者は、24時間のうちの多くの時間を企業で過ごします。この働く時間が充実したものになるのか否かは、人生の「幸せ」に大きく影響すると思います。そして、労働者が「幸せ」に働くことは、多くの企業にとっても重要な意味を持つはずです。

この基本的なことに常に忠実に、企業や労働者の選択肢をともに考えたいと思っています。

2021年(令和3年)7月

  • 九帆堂法律事務所新着情報
  • お部屋顧問
  • 九帆堂法律事務所事務所案内
  • 九帆堂法律事務所主な民事取扱分野
  • 九帆堂法律事務所主な民事取扱分野
  • 九帆堂法律事務所主な民事取扱分野
  • 九帆堂法律事務所実績紹介
  • 九帆堂法律事務所弁護士紹介
  • 九帆堂法律事務所お問い合わせ
  • 九帆堂法律事務所アクセス